被写体をよく見ること。それは写真をうまく撮るコツです。写真技術の中でもトップクラスのとても重要な技術だと思います。言葉を言い換えれば観察といってもいいかもしれません。これを日々、心がけているかどうかでかなり写真に差が出てきます。
「見る」ことはだれでもきます。写真をやっている以上、あ、きれい花だなとか、きれいな空だなとか、美味しそうな料理だなとか、見てから撮っているでしょう。しかし、「よーく見る」となるとなかなかできてないのではないでしょうか。
普段の生活では人間自体がそうしてないというもの理由のひとつです。生きていくなかで全てのものが見えてしまっては脳がパンクしてしまいます。ある程度脳が整理をして、見るものとそれ以外とを分けていると言われています。それを意識してみるとなるほどそうだなと思います。全部がきっちりと見えてしまったら一歩足を踏み出すのに一時間以上かかるのではないでしょうか。すべてのものが危険に見えてしまいます。
つまり人というものはけっこう色々なものを見ているようで実は何も見ていないということがいえます。つまり写真を撮る際には「LOOK」のスイッチをONにしてあげないといけないのです。
よく、写真がうまくならない、センスがない、何を撮ったらよいかわからない、というような声を聞きますが、それはよく見ていないから起こることです。
イメージ通りに撮れないというのも本当によく聞く言葉です。これも全く同じことで、よく見てイメージしてないから撮れないのです。特にデジタルカメラの出現により、モニーたで見ればなんとかなるという習慣が当然となってきました。
イメージもせずに、「LOOK」もせずに、まず撮ってからモニターを見てイメージに近づける。これではまず最初にモニターから「イメージ通りに撮れてないじゃん!」という軽いジャブを受けなければなりません。それは時に強いストレートパンチの時もあるでしょう。
その癖を早い段階で直さないと、何度も何度も何千回もジャブを鼻頭に受けることになります。それが軽いジャブだとしても何千回も受けていたらダメージは大きく積もっていきます。毎回モニターを見る度に「自分は写真が下手なんだ」というパンチを自らに打ち込んでいるようなものです。
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普段はLOOKのスイッチがOFFになっています。カメラを持っている時も気が抜けているとついそのまま何も見ないで撮ってしまうことになります。ファインダーの中はあんなに狭く限定された小さな世界なのに見えてないということです。
では「LOOK」のスイッチをオンにしてみましょう。
例えば今読んでいる本をよーくLOOKしてみてください。本は文章を読んでストーリーを想像して感動するという娯楽のひとつです。しかし今度は視点を変えて紙の質まで見てみましょう。ただの白い紙ではないはずです。もしかしたらちょっと黄色がかった紙かもしれない。テカテカしているかもしれない。ゴワゴワしているかもしれない。厚いかもしれない。薄いかもしれない。他の本の紙の色と比べてみましょう。
次はもっと顔を近づけて見てみましょう。虫眼鏡があったらもっともっと近づいて見てみましょう。もしかしたら匂いまでしてきたかもしれませんね。何気なく「読むための本」だったものが違う物体に見えてきませんか。
今度はちょっとレベルを上げて写真を見てみましょう。写真集があればベストですが、なければ何でも良いので写真が写っている本を見てみましょう。まずはじっくりと「LOOK」してみましょう。どれぐらいじっくりかというと、人物なら髪の毛の一本一本、まつげの一本一本。そこに数人が写っているなら全員分です。木が写っているなら葉っぱの一枚一枚、葉っぱの筋まで。海なら波のしずく一粒一粒、砂利道なら石ころ全部、落ちているゴミから、写っているものすべてを見てください。
全てを見るということはかなり時間がかかります。でもよく見てみましょう。もしかしたら、こんなものが写っていたという発見があるかもしれません。もしかしたら、写っているはずのものが写ってなかったりするかもしれません。何気なく撮った木なのに、こんな形をしていたのかと気づくかもしれません。木の下に誰か座っていたり、もしかしたら鳥がとまっているのを発見するかもしれません。
最高に愛している人の写真なのに、最高に思い出深い風景なのにけっこう見てなかったことにも気づくかもしれません。今まで気付かなかった沢山の発見があるのではないでしょうか。
次にメインの被写体に対して背景を意識して見てみましょう。背景には何が写っているのか、そこにあるもの全てを見てみましょう。全てのものですよ。予期せぬ物や面白いもの、信じられない物まで写っていることがあります。写真の奥のほう、ずっと遠くに小さく人が写っているかもしれません。その人は笑っているかもしれません。近くにいる小さい子は子供でしょうか、そこで何をやっているのでしょうか。あなたのメインの被写体の周りにも世界は広がっているのです。メインの被写体に物語があるように、背景にもすべて物語があるのです。空の写真だから空以外は何も写っていないという人はもっとよく見てみましょう。空にも背景があるではありませんか!
次に、写真の四隅を見てみましょう。初めて見た人も多いのではないでしょうか。こんなところは写真と関係ないではないかと思うかもしれません。しかしあなたの写真の一部であることは間違いなく、そこはあなたが存在していた世界の一部なのです。あなたが楽しかった、悲しかった世界の大事な一部なのです。
今度はこんな見方をしてみると面白いのでやってみましょう。写真の中から三角を見つけ出してみてください。あそこにもここにも三角がありましたね。次は丸、楕円形。正方形、長方形。そして直線、曲線。
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目をあけている時に世界の全てを見るのは現実には難しいことです。向こうから歩いてくる人の髪の毛の一本一本、まつげの一本一本、落ちている石の一個一個を見ることは不可能です。
しかし時間の止まった写真の上では、見ようと思えばいくらでも見ることができます。世界というものはこうやって形成されていて、細部はこうなっていたのかということに気づきます。逆に僕らは漠然としかものを見てなかったということがよくわかりますね。全然何も見ていなかったことに愕然とします。
僕たちは当然目を開けて写真を撮っています。しかし目を開けているのにも関わらず何も見ていなかったことがわかりました。
普段の生活にも目を向けてみましょう。今度は自分や周りを見てみましょう。どこに視点をおいて何を「LOOK」していますか。
同僚が出世した、友達が昇給した、誰それに彼氏ができたとか彼女ができたとか、誰かと誰かが飲み会に行ったけど呼ばれなかったとか…多かれ少なかれ、目を開けて毎日を生活していると、そんなところばかり見ているのではないでしょうか。
目を開けている世界、社会では誰しも嘘をついたり、見栄を張ったり、ごまかしたり、見て見ぬふりをしたりしていることがあるでしょう。
最も大事な被写体が何なのか知りながら気がついてないふりをしている人もいるでしょう。親がこう言ったから、上司がこう言ったから、教授がこう言ったから、友達がこうしているから…。
本当の自分はどうしたいのか、どうしたらいいのかわかっているのについつい周囲の視線や発言に振り回されてしまう。自分の視点やイメージ、考えよりも人の行動が気になってしまう。
そんな余計なことばかりに視点がいってしまし大事なものをたくさん見落としていませんか。メインの被写体を見ることはもちろん大事です。ピントもしっかりと合わることも大事です。しかしその背景にも大事なものがたくさん写り込んでいるはずなのです。周りにはもっともっと大事なものがたくさんあるのです。
誰のために生きているのか。
誰のために写真を撮っているのか。
写真をよく見ること。
ファインダーの中をよく見ること。
よく周りの世界を見ること。
よく自分の心の中を見ること。
イメージ通りに撮る。それにはよく「LOOK」することが大切です。
イメージ通りに生きる。それにはよく「LOOK」することが大切です。
よく見ること。それは写真の大事なテクニックのひとつです。