【2023年5月某日 ロケ撮影】
ロケ撮影当日。僕と渡辺君、メークさん、動画記録スタッフは東京駅の改札で待ち合わせた。
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実は遡ること数日前、スタッフ抜きで渡辺君と二人だけで食事に行った。都内で有名なハンバーグのお店。撮影当日に関する打合せ。詳細を詰めて、当日の撮影を滞りなく進行させるための打合わせの予定だった。
話は多岐にわたり、プライベートな話から、舞台のこと、旅のこと、映画、音楽、写真、そしてこれからのお互いの未来について。話は盛り上がり、あっという間に時間が経ち楽しい時間を過ごした。それはよいのだが、困ったことに撮影に関する全く話をしないまま終わってしまった。
「次の打ち合わせがあるのでそろそろ行かないといけないんです」
ラスト5分で撮影の打合わせをした。しかし、コンセプトさえつかんでいれば、旅のことを考え、意気揚々と、楽しく自由に振舞ってくれればいい。安心して好きに動いてくれていい。あとは僕がそれを逃さずにシャッターを切っていくだけなので。
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まず旅の出発といえば「駅」だろう。新幹線のホームでの撮影からスタート。
渡辺くんの表情がすっかり子どものようだ。なぜだろうあの大きな新幹線という乗り物を見ると誰もがワクワクするのは。きっとその先にある夢のようなものが無意識の中に発生するからではないか。その夢とはきっと旅行のことであり、遠距離恋愛のパートナーに会いに行くことであり、久しぶりに実家に帰省することだったり、出張で仕事を成功させることだったり。新幹線は人それぞれのまさに「夢」を乗せた乗り物なのだろう。渡辺君もスタッフもなんだか浮足立っている。きっとみんな楽しいのだ。
人は自分の顔を直接見ることができない。新幹線を見て、夢の駅でウキウキしている渡辺君の表情。それはもしかしたら僕が旅をしていたときの表情の再現なのかもしれない。僕は昔のボクの顔を見た気がした。
次に東京駅から水素バスに乗ることにした。
写真集の役割の一つとしてその時代の記録がある。
昨年の夏の最高気温は40度。もう地球は引き返せない所まで来ていることは多くの人が知るところだろう。JR東日本が2050年度のCO2排出量「実質ゼロ」を目指して走らせているバス。それが水素バス。ガソリン、電気、水素など、それぞれ特徴があって賛否両論あるかもしれないが、そんな時代の最先端の乗り物の一つだ。今回のテーマでもある旅。時代の変化。そういう意味でも渡辺和貴と2023年の水素バスが写っていることが、写真集に何か意義を与えているのではないか。10年後にこの写真集を見直すとその意義がわかるはずだ。それが写真集の楽しみのひとつでもある。
その水素バスで次に向かったのは「港」だ。ウォーターズ竹芝。海を前に開けた青い空。気温も湿度も風も全て気持ちがいい。大きく晴れた五月晴れに渡辺君の口から自然に言葉がこぼれた。
「休みだー!って感じ!」
良かった。これが雨天だったらこんな素晴らしい笑顔は撮れなかっただろう。
どこの国の船だろう。黄色い船が停泊している。他の船が出港し、遠く銀色に光るレインボーブリッジへ向かって白波を立てて進む。
港に設置されている双眼鏡でその船を見ながらはしゃぐ彼。
「ほら、みてくださいよ、あの船!」
どこまでも爽やかな風と潮の香り。大きな船、大きな橋、大きな海、大きな空、大きな雲。こどものような渡辺和貴の大きな笑顔。
今回のロケ地ラストは「空港」。モノレールに乗って羽田空港第三ターミナルへ。ここは国際線の出発ロビーだ。
このプロジェクトが始まった2020年。その時は、僅かな空港関係者以外、人間の気配がしなかった。とても静かな国際線ロビー。人がいるわけがない。なぜならば飛行機は全便欠航だったからだ。人間が動くことが許されなかった時代。
ところがどうだ、この日は沢山の人たちで賑わっている。色々な国の人達が集まった空港独特のバイブレーション。日本の旅は楽しかっただろうか。東京タワーは見えたかな。富士山には登ったかな。清水寺でおみくじはひいたかな。
スーツケースを転がす人、ゲートを探す人、スマホで友達と一緒に写真を撮る人、緊張している人、疲れている人、テンションが高い人、笑顔の人、寂しそうな人、泣いている人。出会いと別れ。こんなに色々な感情を持つ人たちが一同に介する場所も珍しい。空港はまるで人生の縮図のようだ。
昔からパンデミックなどという言葉はあったのだろうか。高度成長期、バブル、テロ、戦争、自然災害…未来には想定外の色々なことが起こる。未来は全く予想がつかない。
いや、昔から未来に何が起こるかは誰にもわからなかったのだ。1秒後のことだって明日のことだって先のことはわからない。そんなことは誰もが知っていたはずだ。2020年から急にそれが認知されたわけじゃない。もとより、自分がこの世に生を受けることさえ、父も母さえも知らなかったのだから。
我々は展望デッキに向かった。外へ出るためのドアを抜けると一気に飛行機のエンジン音に包まれた。それは悪い音ではなかった。それだけで不思議とテンションがあがる。デッキの向こうにはたくさんの飛行機が間近に見える。その奥では機体を斜めにしてどこか海外へ飛び立つ飛行機、どこかの国から来て着陸しようとしている飛行機。あの重い飛行機が飛ぶという浮遊感はいつでも僕たちの心を軽くしてくれる。
また渡辺君の目が輝きだした。あの新幹線を見た時と同じ表情だ。
「うわー! どこか海外へ行きたいですねー。このままみんなでどこかへ行きましょうよ!」
本当だ。このままどこかへ行ってしまいたい。もう何年も海外へ行ってない。それは誰もが同じことだろう。そろそろ大きく動き出さなければ。それはここ数年の公演で苦労してきた俳優渡辺和貴の本音でもあるのだろう。
そして無事、ロケの撮影も終了した。あとはこの膨大な写真たちをどうまとめて写真集にするかだけだ。
【2023年5月11日 幕は上がった】
開幕直前の5月8日。このタイミングで、かの小さな敵は5類へと引き下げられた。ニュースでは「観光客が戻ってきた」と繰り返し放映された。一時期はゴーストタウンだった銀座や渋谷や東京駅にも人が戻ってきた。外国人観光客も沢山見かけるようになった。しかしまだ電車の中では多くの人がマスクをしている。
5月11日。そんな混沌とした時代に幕は上がった。きっとこの時代のこの舞台のことは忘れることはないだろう。会場に貼られたポスターはまだマスクをするように促している。
もちろん来場者はみな言われなくとも常にマスクをしてくれている。そんな中来場者の方からこんな話を聞いた。
それは自分が感染しないようにというよりも、俳優さんにうつさないように配慮しているのだと。なんということだろう。ファンの人たちはそんなことを考えていたのか。テレワークなどが一般化した時代だが、オンラインではわからないことがある。人の思いというものは会って話をしてみないとわからないものだ。
マスクが賛否両論ある中、その本筋とは別に、マスクをすることが人の美しさを表していることでもあることを知った。まだまだ大変な時期にいらしてくださった皆様には感謝しかありません。本当にありがとうございました。
舞台上の俳優さんたちからも、その四角い白い人たちは見えていたことだろう。その布の下の気持ちは伝わっていたことだろう。
笑ったり、泣いたり、歓喜したりしている小さな機微も、僕の隣の人が目にハンカチを当てていたのも、きっと舞台の上からお客さんたちを見ていてくれたに違いない。
◇
すべてが終わったような、終わってないような。それどころかほかのことも含めてますます世の中は混乱の様相を呈している。いつになったらこの中途半端な世界に終わりがくるのだろうか。もう以前のような良い時代はこないのだろうか。
いやとんでもない、もう、いつなんどきでも、誰でも、どこへでも行っていいのだ。自分の夢を叶えるために好きなことをやって生きていっていいのだ。
渡辺和貴が遭難しかけたシーン。最後に言った言葉。
「神様、僕はまだ歩き続けていいんですね」
そう、これを読んでいる人は生きている。この苦境を乗り越えて生きている。
あの時、妥協して就職したから、靴に穴が空いたから、大きな魚が釣れたから…そして各々みなさんの人生に起こった多々ある小さなできごとがあったからこそ、今、これを読んでいるあなたと出会えたのではないか。
もういいんだ。
さあ、動き出そう!
それを今回の舞台が、渡辺和貴が教えてくれた。
彼とこの時代に出会えたことに感謝して。
Move on!
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さあ、この長かった連載もこれで最終回。この原稿を書いているのは9月だ。約4000カットの中からのセレクトを終え、デザインにはめ込んでもらい、全体の構成を整えて入稿だ。発売日は10月25日。同時にリリースイベントも行われる。
写真集をお買い上げいただいた方は、ぜひこの連載をもう一度読み直しながら一枚一枚の写真を堪能してほしい。
きっと前よりももっと渡辺君のことを好きになるに違いありません。そして写真集の最後に書かれた文章の中の「お気に入りの一枚」がどれか推測してみてください。わかったらSNSに「きっとこの写真だなー」と投稿してみてください。
すべてのことに感謝して。
ありがとうございます。
写真・文 須田誠
写真集「MOVE ON」リリース記念イベント、開催決定!
舞台「NO TRAVEL, NO LIFE」2023特別企画として、原作者須田誠が、須田誠役を演じる
渡辺和貴を撮影するプロジェクト「須田誠、スダマコトを撮る」2023。
その集大成として制作した写真集「MOVE ON」が10月25日にリリースが決定しました。写真集「MOVE ON」リリースを記念し、イベントを開催します。
https://t.livepocket.jp/e/moveon
◆開催日時
2023年10月25日(水)
20時30分スタート(20時オープン)
◆会場
原宿ストロボカフェ
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1丁目20−13
◆出演
渡辺和貴
須田誠
◆イベントプログラム
トークショー、サイン会
※本イベント内のサイン会へは、写真集「MOVE ON」をお買い求め頂き、現地へお持ち頂いた方が対象となります。
写真集「MOVE ON」は、当日会場でも販売を予定しています。
◆チケット料金
4,000円(別途1ドリンク600円)
「須田誠、スダマコトを撮る」2023
「NO TRAVEL,NO LIFE」の原作者須田誠氏が、須田誠を演じた渡辺和貴を撮影するプロジェクト
「須田誠、スダマコトを撮る」2023。
その写真集のタイトルは、「MOVE ON」!
内容は、舞台稽古、ゲネプロ、ロケ撮影と渡辺和貴の魅力満載の一冊。豪華100ページ越え!!
ILLUMINUS STOREにてご予約受付中!
👇写真集「MOVE ON」のご予約はこちらから👇