舞台「NO TRAVEL, NO LIFE」2023~須田誠✕スダマコト~

あれから三年。僕たちは苦しい時代を生きてきた。人類が誕生したのは20万年前。この先、時間が仮に無限に続くことを思えば、この三年などほとんど無に近い、地球にとっては小さなニキビ程度の思い出に過ぎないのだろう。ネアンデルタール人の足に棘が刺さった痛みを僕たちが知る由もないようにニキビは忘れ去られ、消え去り、未来の人たちには懐かしさを感じさせ、これから地球に起きるもっと大きな出来事の中に埋もれ、年表から探し出すのも困難なほど小さな点として扱われるのだろう。しかし僕たちにとっての2020~2022年は、年表の上に大きく、太字で、赤く、かつマーカーで記録された。そしてまだその傷跡は癒えない。 

  

2023年。 

そんな時代に稽古は始まった。 

東京某所。 

彼はそこにいると聞いてカメラを持って赴いた。 

三度目の、写真家須田誠が主演俳優スダマコトを撮影するプロジェクト。 

その俳優は、渡辺和貴という男。 

舞台「NO TRAVEL, NO LIFE 」 2023

【2023年5月3日 稽古場】

ドアを開け稽古場に入ると沢山の関係者が各々の持ち場で動いていた。プロデューサー小宮山薫、演出家の吉田武寛、舞台監督、演出助手が二人、制作スタッフ、音響スタッフ。俳優陣は、堀海登、大谷誠、込山榛香(AKB48)、中村裕香里、馬嘉伶(AKB48)。そして今回の主演、スダマコト役の渡辺和貴。

稽古場は小道具が溢れていた。まるでマティスの絵「ピンクのスタジオ」と「赤の大きな室内」を掛け合わせたような美と乱雑さが融合した風景だった。

ハンガーラックにかかった何着もの衣装、リュック、スーツケース、ロープ、ギター、ベース、レコード、果物、魚、卵、コップ、ワインのボトル、花、ラジカセ、拡声器、帽子、お面、靴、手紙、紙飛行機、ハンモック、テント、杖、トレッキングポール、ほうき、海外のお札、新聞紙、パンフレット…そしてカメラ。それはまるで宝の地図を探しにきた盗賊が家の中を荒らしまくったあげく何も盗まずに去っていったかのような風景でもあった。

その理由は二つある。一つは役者が舞台から袖に一度もはけずに演技をするため、小道具が全て舞台上に配置されていることを想定しているためだ。全部観客に見えている状態になっている。二つ目は、一人の役者が何役もの役を担わなければならないので沢山の小道具が必要なためだ。

役作りだけでも大変だが、これらの小道具を間違いなく使いこなすのも大変だ。暗い舞台の中で一個見つからなかったら舞台が成り立たない。

稽古は続く。何度も何度も役者と演出家のやりとりが繰り返され舞台が少しずつ前進していく。セリフの言い回し、トーン、顔の向き、立ち位置、動きなど、繊細な確認をひとつひとつこなしていく。とても根気のいる作業だ。

前回同様にヒマラヤでの緊迫した遭難するシーンは重点的に何度も繰り返された。まだ稽古の段階にもかかわらず、遭難から生還したシーンを演じる大谷誠は涙を流している。全員の熱の入れように撮影しているこちらも胸が熱くなっていく。

僕は数メートル離れた位置から望遠レンズで撮影をしていた。ファインダーから目を離さず、僕の右目は獲物を狙うハンターのように渡辺和貴をとらえ続ける。望遠レンズを付けたカメラは重い。しかし一度でもファインダーから目を外したら良い表情を見逃してしまう。表情も動きも一瞬だ。それはスポーツの撮影と同じぐらい目が離せない。

この部屋の中で僕だけが渡辺和貴の顔を数十センチぐらいの距離に近づいているかのように見つめている。表情の一つ一つはもちろん、涙、皺、口の動き、指先、白目の毛細血管まで見える。

渡辺は、ヒマラヤのシーンでは瞳孔が開くほどの力強い目線と表情で白熱の演技を見せてくれていた。しかし彼なりの熟練したやりかたなのだろう、何度も繰り返す難しいシーンひとつひとつの台詞と動きを冷静に確認しながら演技を進めているように見えた。

ときに激しく、ときにクールに、ときに無言でうつむき、ときに遠くを見るような目で何かを考えている。かと思えば共演者と確かめ合い、冗談を言い合い、演出家に成果を問い、スダマコトと渡辺和貴を行き来していた。

彼の台本はすでにかなり読み込まれてしわくちゃになっていた。

今回の撮影は2020年のコロナ禍でのスダマコト撮影プロジェクトからストーリーがつながっている。あの苦しい時代を経て、今、僕たちはどう生きていったらよいのか。コロナ前よりも混沌とした、変動が大きく、複雑で不確定で曖昧な時代。不景気、貧困、少子化、医療、戦争、気候変動、災害、先の見えない不安定な未来。

スダマコトを撮るプロジェクトも単なる企画として撮るのではなく、背景にはしっかりとしたコンセプトを持たせ、舞台とも連動させてメッセージを伝える。それが主催者との共通認識でもあった。

『NO TRAVEL, NO LIFE』という本から発するメッセージを舞台で、写真集で表現していく。それが僕須田誠の役割であり、三人目のスダマコト渡辺和貴の役割であった。

そうやってこのプロジェクトは進んでいった。

次回、ゲネプロ撮影、ロケ撮影の生レポートとつづく。

文・写真 須田誠

舞台「NO TRAVEL,NO LIFE」2023特別企画!

原作者須田誠氏が、須田誠を演じた渡辺和貴を撮り、フォトブックとして制作する「須田誠、スダマコトを撮る2023」(仮タイトル)今秋発売予定!
須田誠氏の文章を含む豪華な内容となっています。


ご予約は9月9日(日) 9:00〜よりILLUMINUS STOREにて開始いたします。

▶︎「須田誠、スダマコトを撮る2023」(仮タイトル)フォトブックご予約について

予約サイト:ILLUMINUS STORE
https://illuminus-store.com/

予約日時:2023年9月9日(日) 9:00〜

カラフル/Coloful 森絵都さん

僕はけっこうじっくりと時間をかけて本を読み込む派なんだけど、これは一日で読んでしまった。冒頭がこんな感じだったから。

 死んだはずの僕の魂が、ゆるゆるとどこか暗いところへ流されていると、いきなり見ず知らずの天使が行く手をさえぎって、

「おめでとうございます、抽選に当たりました!」

と、まさに天使の笑顔を作った。

え?何この読み出しと思ってラストまで(笑)。

森絵都さんの本を初めて読んだ。いいかも。次は何を読もうかな。

【須田誠と須田卓馬】

人生とは人と人の繋がりだなーとつくづく思う。僕、須田誠が舞台俳優スダマコトを撮るプロジェクトはnoteでも何度もお伝えしているとおりですが。
 
その投稿を見て、須田卓馬さんというバリバリ芸能人とかも撮ってる写真家さんが反応してくれて、せっかくだからメシでも行きましょうよということになりお会いしてきました(笑)。

須田1「はじめまして、須田誠です」
須田2「はじめまして、須田卓馬です」
 
彼はなんと拙著『NO TRAVEL, NO LIFE』をすでに16年前に購入していた読者さんだったのです! もうビックリ!

彼も旅が好きで、この16年の間に旅の写真集を出版していました。なんだか他人とは思えない。
時間と出会いのマジックがすごすぎて不思議な感じ。

まるでサッカーの試合後にユニフォームを交換するように温かい気持ちでサインの交換をしてきました(笑)。同じ名前ですけど。

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須田誠✕須田卓馬

失望から希望へ向けて。無人の空港。タイムマシン2020-2023

『全便欠航』

僕たちはどこへも行けない。2020年、羽田空港国際線の出発ロビー。電光掲示板には美しいまでに同じ文字が並んでいた。全便欠航。 

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空港内には航空会社のスタッフしかおらず搭乗客は一人もいない。この国に誰も入ってこれないし、出ていくこともできない。天井が高く広大な空港ロビーには静寂が漂っていた。吸い込んではいけないはずの空気さえ清らかに感じる。

黄色の「距離を保とう」という看板が乱立している。すべてのレストラン、お土産物屋のシャッターは閉まっていてゴーストタウンのようだ。駐車場には車は一台も停まっていない。

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尋常ではないことが起こっている。
 
そして緊急事態宣言。
 
街から人は消えた。

『何が正解なのか誰も知らない世界』

多くのビジネスが打撃を受けた。特に集客をして「ライブ」を見せるエンターテイメントには辛い時代へと突入した。音楽、演劇、映画、クラブ、スポーツ…。もちろん写真展さえも中止に追い込まれた。そして多くのエンターテイナーも家に閉じこもって何もできない状態だった。
 
どの業界も何をしたらよいかまったくわからず、まるで暗闇を這うように探りながらの前進、後退を繰り返していた。前進したつもりが前に現れたのがは崖っぷちだったり。
 
演劇業界もしかり。マスク、フェイスシールド、アルコール消毒、ビニールシート、間を空けての座席指定、観客数を半分に…。それでもだめなら無観客公演、配信公演。見えない敵に向かってあらゆる施策を施した。しかしどれほど努力してもそれが正しいのかどうかも誰にもわからなかった。

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『タイムマシン』

そんな中、僕の著書『NO TRAVEL, NO LIFE』と『GIFT from Cuba』を原作とした舞台『PLAY JOURNEY!/アジア編・キューバ編』公演の話をいただいた。僕が昔放浪していたときのエピソードを舞台化した作品だ。主役はダブルキャストで、田中翔君と鵜飼主水君。この二人が若い頃の須田誠を演じてくれることになった。
 
僕のことを俳優さんが演じてくれる。僕の目の前に若い頃の僕が実体として存在する。映像や漫画ではなくもう一人の僕が時代を遡ってそこにいるのだ。これほど僕にとって痛快なことがあるだろうか。まるでタイムマシンだ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をリアルに体験している気分だ。
 
しかし原作が舞台化となるのは嬉しい反面、この時期での公演は神妙な気持ちではあった。なぜならば、多くの他の舞台で出演者の体調不良による公演中止が重なっていたからだ。あそこも中止、ここも中止…次はどこだ。まるで恐怖映画を見ているかのようでもあった。

『言葉のない世界』

緊張の日々が世界を取り巻く中、「須田誠が主演俳優のスダマコトを撮る」という企画が持ち上がった。それは面白いと直感した。2020年の僕が1994年の僕を撮影するのだ。タイムマシンから降りてきた過去のスダマコトを撮るなんて、こんな画期的な楽しい企画が他にあるだろうか。話を聞いた瞬間、やる!と思った。
 
ただ、同時に少々気がかりなこともあった。
 
僕は人物を「寄って撮る」というスタイルを信条としている。どれぐらい寄るかといえば、被写体に25センチまで寄って撮るのだ。すると写真に迫力が出て熱のある写真になる。
 
しかし世の中は、不要不急の外出自粛。ソーシャルディスタンス。外へ出て人に近づいてはいけないというお達しが出ている。

被写体と近距離で向き合う写真撮影は、時代の逆を行く撮り方だ。その得意な撮影方法は現在は封印せよといわれたようなものだ。
 
そこで提案をした。

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photo by kakeru tanaka

「今の時代を残しましょう。2020年という時代に合わせて撮りましょう。僕の撮影方法が封印されたその時代を」
 
出した条件はこうだ。

・俳優さんに近づいてはいけない
・被写体までの距離は必ず2m以上離れる。
・集合してから撮影終了まで誰とも一切会話をしてはいけない
・指示は目と手振りだけ
 
あるのは被写体と僕の間にある信頼と見えないバイブレーションだけ。
 
しかし、俳優さんも、主催者もぜひチャレンジしてみようと理解を示してくれた。この限られた条件下。今までトライしたことのない撮影方法。きっと新しいものが生まれるはずだ。もとよりそれが芸術というものであったのではないか。

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当日集合場所に俳優さん、スタッフが集まるが、みな離れた位置で、マスクで顔を隠し、目だけがその時の緊張感を醸し出している。声を出しての挨拶もせず無言で立っている。

当たり前のことかもしれないが改めて気がついたことがある。人は目と口を使い表情を加えてコミュニケーションをとっていたのだということ。髪の毛や、鼻や耳や、首筋では会話ができないのだ。

目と口と表情。今回はその重要な機能のうちの口と表情が封じられた。

人と人が顔を合わせているのだからみな何かを言いたい。無言の中もやもやとしたみんなの気持ちが伝わってくる。「こんにちは」、「今日はよろしくお願いします」、「今日のスケジュールは」など段取りさえ確認ができない。会話をしてはいけないというルールなのだから。

軽く頭を下げ上目づかいで「今日はよろしくお願いします」と目だけで伝える。かつて体験したことのない異様な風景だ。

僕は手を翻し「では撮影を始めましょう」と行動をうながす。あとは目と指と体の動きだけで撮影の指示を出す。無言の二人の静かな撮影が続く。スタッフは遠く離れた場所にいる。広い空港にもほぼ人がいない。

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とても静かだ。

まるで真空の中で撮影をしているかのようだ。

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最初はお互いに迷いがありすれ違いもあった。しかし段々と言葉がなくても、いや言葉がない分お互いを理解しようとする気持ちが強くなっていくのが手に取るようにわかる。
 
徐々にそれが快感にもなっていく。こうきたからこう。そこに立ったらこう。こっちではこう。なぜ僕の気持ちがわかるのか。次に出すアクションがわかるのか。言葉がないということは何メートル離れていても同じこと。僕の指示が遠くにいる被写体に届く。それは不思議な体験でもあった。

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『本来の意味でのコミュニケーションとは』

あっというまに撮影時間は終了を迎える。この数時間、すべてが上手くいっていた。カメラと被写体と僕とバイブレーションが一体になりとても幸せな時間を過ごすことができた。ピントがどうのとか、露出がどうのとかテクニカルなことはどうでもよかった。もっと人間が持つ根源的な部分での幸福感があった。

結果は、同行取材してくださった佐野木雄太氏が当時書いてくれた文章が本質をついているので引用させてもらう。

「思えば、関係を築くとはそういうことではなかったか。声を発する、相手に触れる、それは確かに大切なことではあるが、それだけで関係を築くこともまた難しい。相手を知り、理解して、お互いのことを分かり合うことで初めて築かれる関係性。そこに必要なのは声や接触といった表面的なことではなく、本来の意味での『会話』や『ふれあい』なのではないか。すでに知り合っている人の新たな一面を発見する楽しみも、ぎこちないところから徐々に打ち解け通じ合う嬉しさも、無言のコミュニケーションの中でさえ生み出すことができる。須田氏の新しい挑戦は、それを証明していたように思う」

出典:『PLAY JOURNEY!』特別企画「須田誠、スダマコトを撮る」

撮影が終わり、俳優さんにお疲れ様の一言もなく、握手もなく、2m離れた位置からただ無言で頭を下げ、別々の電車に乗り、音もなく静かに解散した。

タイムマシンから降りてきた自分自身を、言葉の無い静寂な空間で撮影をした。それはとても貴重で不思議な時間だった。それが2020年という年。

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文・写真 須田誠

つづく…。
次回は2023年、舞台『NO TRAVEL, NO LIFE』の主演俳優、渡辺和貴君との出会いへ。

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写真家・須田誠